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「それができりゃあ、こんな面白くもねぇ境遇に、堕ちちゃいねぇさ」
蕪雑が酒をあおる。烏有は杯に唇を当て、香りを楽しむように、わずかに舌を湿らせた。
「この酒は、盗んだものではないんだね」
「ああ。こいつぁ、この山で採れる果実で作ったもんだ。猿酒を知っている奴がいてな。そいつを真似たんだよ」
「そうか。……猿酒」
烏有は杯に目を落とした。ドロリと重く濁りのある酒は、花のような香りがする。
「知っているか? 猿酒ってのは、木の洞なんかに猿が貯めた果物が、勝手に酒になっちまうもんなんだ」
「それを真似て人工的に発酵させ、作ったというんだね」
さらりと烏有に受け止められて、蕪雑はつまらなさそうに口をつぐんだ。烏有は彼に好意的な視線を向ける。
「僕が知らないと思ったのかい」
「……まあ、各地を渡り歩く楽士なら、知っていても不思議じゃねぇさ」
「知らないふりでもすれば、よかったかな」
「やめてくれ。こっちの無知をひけらかしているみてぇで、こっぱずかしい」
軽く手を振った蕪雑は、そうだと膝を叩いた。
「いろんな土地を見て回ったんだろう? そんなら、俺らが落ち着けそうな府も、知っているんじゃねぇのか」
「それを聞いて、山賊をやめて移り住もうという腹か」
そうだと蕪雑が首を動かす。
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