湖面の陽を掬う

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泣くことも、笑うこともやめた。どうしたって男は高砂を殴り、蹴り、苛み続ける。笑えばなぜへらへらとしているのかと殴られ、泣けばうるさいと蹴り飛ばされる。ただ痛みを耐え、一番痛みを覚える腹を庇って背中を丸め、彼の怒りが過ぎ去るのをじっと待つ。言葉を発するだけ無駄だ。どうせ何を言ったところで彼の怒りは収まらない。喋らなくても、収まらない。 いい子でいたら、もっと頑張れば、自分が、努力さえしたらどうにかなる。そう思っていた時もあった。けれどそんなの嘘だ。どれだけ高砂が工夫をしたところで毎日のように殴られた。子どもには、どうすることもできなかった。ただ、どうしたら一番苦しくないのか、痛くないのか、たったそれだけのことを考え続けた。 もう、嫌だ。 「かすみ、ごめんね」 謝らないでくれ。聞きたくない、もう、何も聞きたくない。 痛い、苦しい、なんで自分が、こんな目に合わなきゃいけないんだろう。やめて、多くなんて要らない。せめて、安心して暮らしたい。ちゃんとご飯を食べていられればいい。食べても吐かされない日であればいい。痛くない日がいい。 なんで、誰も助けてくれないんだろう。大人は傷だらけの自分を遠巻きに見る。小汚い格好をした異物を同じ子どもは排除する。どれだけ必死に縋っても、求めても手に入らない。誰か、助けて。 誰も、助けてなんてくれない。 「やめてください……っ」     
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