湖面の陽を掬う

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ぞわぞわとした悪寒とともに、ドッドッと心臓が脈打つ音が聞こえる。震える手をそっと抑えた。こうまで人は思い込めるものなのだろうか、彼女の執着の強さが気持ちが悪かった。 大地の声が聞きたいと思い、携帯に手を伸ばし、仕事中だとその手を止めた。時間が不安定な自分とは違い、彼の仕事は時間が決まっているのだ。手のひらがじっとりと汗をかいていることに気づく。気を紛らわせるように、ぐっぱ、と手を握ったり開いたりすることで強ばった関節をほぐした。 それから何度となく大地とは会ったが、彼女のことは一言も彼に告げることができなかった。 何度か不幸の手紙のようなものが投函されていた。中にカッターの刃が入っていて手を切ったこともある。嫌がらせや不審な電話もかかってくる。けれど、それくらい構わない。大地に被害がないのなら、自分だけのことなら問題なんてなかった。 恐怖はあるが、そのことを言えば、絶対に彼に心配をかけるだろう。それよりもいつものように笑い、いつものように他愛のない話をし、そうして和やかな時間を過ごす方がいい。そのほうがずっと幸せだ。     
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