湖面の陽を掬う

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あ、こっちを見た。 そのまま、肘へと向かって引く。プシッと血が勢いよく飛んだ。 大地が彼女を抱きしめる手を解いて駆け寄ってくる。 足りない。こんなんじゃ足りない。もう一度手首に当てて、縦へと強く引く。また、血が吹き出した。 「高砂君!」 彼は自分のシャツを脱いで、高砂の腕を握った。肘のあたりをそのシャツで縛り、それからハンカチで切り口を強く抑える。温かい彼の手。この温かい手が、大好きだった。 「何やってんだ! 馬鹿野郎!」 キツい声。穏やかな普段の彼からは想像がつかない声に、驚く。 初めて、怒鳴られた。思わず笑みが溢れた。嬉しい。彼が自分を見てくれる。自分相手に、怒鳴ってくれる。こんなに、必死な顔をしている。 「大地さん」 お願い、こっちを見て、笑って、それから、名前を呼んで。自分は、ここにいるって教えて。 女の耳障りな叫び声が、遅れて聞こえた。 「香澄、急いでタクシー呼んで!」 そんな声が遠くで聞こえた。ふつり、と記憶が途切れた。力強い彼の腕に抱かれる感触が心地よかった。 『かすみ』 甘い声に目を閉じる。 『愛してるよ』  蕩けそうな甘い声と、リップ音。もっと、言って。 『もう、かすみは甘えただなぁ』  貴方だけが、大事にしてくれた。     
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