湖面の陽を掬う

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『愛してるよ、ほら、起きよう』 そう言いながらも激しくなるキス。甘い吐息。あぁ、もっと聞かせて。呼んで。愛してるって言って。自分のものじゃない言葉でもいい。何をする気もなかった。彼の家にしかけた盗聴器。その声を聞けるだけでよかった。そのとき自分が仕掛けるよりも先に誰かの盗聴器があったが、それは無視して別の場所に盗聴器をしかけた。彼の寝室と、書斎と、リビング、車、そしてUSB。バレずに仕掛けるのは簡単だった。 『かすみ』 目を閉じてしまえば、例え電子を通した声でもまるで耳元で囁いてくれているみたいに感じる。そっとイヤホンをしたまま目を閉じる。このまま眠りに落ちてしまえばいい。重なる女の喘ぎ声なんて聞こえないフリをしたらいい。 『かすみ』 『可愛いね』 『愛してるよ』 ほら、まるで自分に言っているみたい。普段だって自分にあれだけ優しいんだから、夢見てしまえばいい。彼に愛されている夢だ。世界で一番、彼に大事にしてもらえる、そんな夢を見よう。     
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