湖面の陽を掬う

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悲しくなんてない。自分以外の人間へと向ける慈しみに満ちた声も、他の人を思う視線も、他の人を抱く音が入ったって、かまわない。ただ、今を生きていくための夢を見たい。希望が欲しい。幻想でもいい。今だけ、今だけだから。夢を見させて。 ああ、そう。これが真実だ。彼はこんなに愛おしそうに呼んでくれる。大事そうに抱きしめてくれる。 彼は、自分を愛している。ねぇ、そうでしょう。 『かすみ、愛してる』 目を覚ましたとき、目の前には真っ白な天井があった。動こうとすると、強い痛みが左腕に走る。状況を確認しようと左腕を動かさないように気をつけながら体を起こした。 「……起きましたか?」 低い声に、びくりとして声のした方に目をやる。自分よりもいくつか年下に見える青年が足を組んで横に置かれた椅子に座っていた。 「……ここは」 「見たらわかるでしょ、病院。何やらかしたか覚えてる?」 何。そうだ、何を。 「大地さんの、妻、とかいう人が、包丁を持ってて、それで」 あれ、それで。どうしたんだっけ。どうしてここに彼はいないんだっけ。ぐるぐると高砂の脳裏を疑問が浮かぶ。そうだ、彼が止めに入ってくれて、それで。 「貴方は手首を切って、兄は病院まで貴方を連れてきたの。突然僕は呼び出しくらうし念のためとか言って置いてかれるしさ。一方兄はと言えば、ショックで震える奥さんのケアのために家に帰りましたとさ」 「え?」     
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