湖面の陽を掬う

47/48
前へ
/48ページ
次へ
見回せば、隣に大地によく似た面影をもつ青年が椅子に座っている。 「……起きました?」 「……大地さんの、弟さん?」 「そうだよ」 高砂が首を傾げると、彼はげんなりとした顔で溜息を吐いた。 「何をしたかわかってます?」 「……ちょっと、よく覚えていなくて」 記憶をたどるが、よく思い出せなかった。そういうことが、よくある。 「では、貴方が土屋大地に愛されていなかったことは?」 目を見開いた。知っていた。いつかこうして突きつけられることは分かっていた。 「……そんなの、わかってるに決まってるじゃないですか」 あの人は、妻のいる人だ。 「なるほど、こっちの貴方はもっと冷静なんだ」 「……それでも、よかったんです。それでも、愛されたかった。愛されていたかった」 「それは貴方の求めるものじゃないだろう」 「それでも、よかったんです」 首を左右に振る。 「あの人だけが、私を助けてくれたから」 「諦めてください、兄は貴方のものにはならない」 知っている。分かっている。それでも、ぬくもりがほしい。ここにいていい理由がほしい。この青年の手は温かいのだろうか。高砂はそっと手を伸ばし、彼の手を握った。 ひんやりとした、美しいがどこか人形めいた細い指。それは大地の指とは随分と違った。     
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加