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そんなに力を入れて抱きしめないで。体が、痛いんだ。その体温に喜ぶよりも、彼女が触れるところがあちこち痛む方が気にかかってしまう。どこか遠いところに自分がいて、客観的に俯瞰して自分達を見るような感覚。苦しいとか辛いとか悲しいとか、そんな感情が全てどこかへ行ってしまったような、錆び付いてしまったような空虚さだけがそこに横たわっていた。
「守ってあげられなくてごめんね」
彼女の手が離れる。高砂の不健康に細い腕が、ごつごつと節くれだった手で掴まれ、引かれる。助けて、と言葉にならない声が口の中で弾けた。言えない。何度も彼女に向けて叫んだ言葉が、ただ宙に浮かんで消えるだけだということを、高砂はよく理解していた。むしろ、彼女は高砂の声を遮るように耳を塞ぎ、叫べば叫ぶだけ大きな声でごめんなさい、と繰り返して体を丸めて嗚咽を漏らす。何度も何度も母を呼んだ。許しを乞うた。助けを願った。
けれど一度だって、叶えられたことなんてなかった。
「ごめんね、かすみ」
謝るくらいなら、一度でもいい、助けて欲しかった。愛されていなかったなんてことは言わない。けれど、彼女にとって高砂自身よりも今高砂を苛む男の方が大事なのだと子どもながらに絶望した。二度とこの地獄から自分はすくい上げてもらえない。そう、静かに全てを諦めた。
「お母さん」
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