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気が付くと、私は元の路上に戻ってきていた。
先程のように、私はお婆さんとテーブルを挟んで向かい合っていた。水晶玉は光を失い、今はしんと静かだ。背後には雑踏の気配が戻っている。
私は黙って、お婆さんの目を見つめ返す。
「……なんてね」
お婆さんはそう言うと、ふと笑った。
その瞳には、どこか諦めの色が滲んでいた。
「……いやね、言っても無駄だと分かっていたんだけどね。あんたの行く先に険しい道が視えたから、つい呼び止めてしまった。だけれどあんたはもう、この道を変えるつもりはないんだね」
私は微笑んだ。
私はこの九年間、この水晶玉の未来の映像のような生活を繰り返してきた。
だけれど私は、それを後悔したことは一度も無い。
「……そうですね。……そうです」
私は自分に言い聞かせるためにも、二度呟いた。
確かに、100%不満が無かったわけじゃない。だけれど、お正月にお節を食べられないことがなんだというのだろう。仕事を掛け持ちすることがなんだというのだろう。好きな人の側に居られる。好きな人のことを応援できる。この幸せと引き換えになるものがあるのだろうか。
他の人から見れば、滑稽な人生かもしれない。庭付きのマイホームを買い、小さな犬を飼い、休日には子供と一緒におやつのケーキを作る。そんな人生もあったかもしれない。私は他の生き方を知らないだけで、他の道を選べば「なんだ、こんなに楽しい人生があったのか」と思う可能性は十分にあると思っている。
それでも私は、彼とこの道を進むと決めたのだ。
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