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長い間、彼の側に寄り添っていた。
それは他の人から見たら、馬鹿馬鹿しいと思えるような時間だったかもしれない。二十代前半に彼と付き合いだした私は、もう来月には三十路を迎える。九年間。見かねた親や友達には「早く次を見つけなよ」と言われ、幾度となくその決断を迫られた。
それでも、私は彼の側に寄り添っていた。
二月初旬。街中はバレンタイン一色となり、街灯にはキーカラーである赤や茶で描かれた宣伝フラッグが掲げられていた。
商業施設に入れば一番にチョコレートコーナーが私を出迎える。服屋も雑貨屋もバレンタインに因んだキャンペーンを展開し、どこもかしこも活気立っていた。私もそのパワーにあやかるつもりで、あちこちを見て回った。
お正月、ハロウィン、クリスマス。日本には沢山のイベントがある。
その中で、バレンタインだけは少し苦手だった。だけれど、唯一。バレンタインだけ。
バレンタインだけが今年、私に勇気をくれると思った。
「お嬢さん、ちょっと」
声を掛けられて振り返ると、少し離れたところに座っているお婆さんと目が合った。
シャッターが閉じられた呉服店の前。そこにテーブルと、二席のパイプ椅子が置かれている。その一席にお婆さんは座っていた。
テーブルの上には大きな水晶玉。揺れる蝋燭。そしてテーブルクロスから垂れ下がる「占」と書かれた紙。
路上占い師のようだ。
今日は休日で、日の暮れた街は大勢の通行人で溢れかえっている。その雑踏の中、まるでその声は私にしか聞こえていなかったかのように、私一人が振り向いていた。
「危ないから、こっちへいらっしゃい」
お婆さんは遠くから一言、そう言った。
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