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離れていく正仁さんの顔を名残惜しげに黙って見つめていたけれど、自分の口で抗議するよりも行動しちゃえと考えた。
両手で顔を掴んで正仁さんの動きを止めるなり、唇目がけて顔を寄せてみる。すると大きな掌が私の口元を塞いだ。
「お互いの暇を潰すのに、勝負をしてみませんか?」
唐突に告げられた提案に嫌な予感がしたので掴んでいた顔を解放したら、覆っていた口元の手が外される。
微妙な距離をとった私たちを見て、正仁さんの膝の上にいた八朔は、猫背を伸ばして姿勢を正した。
「正仁さんと勝負って、何をするんですか?」
勝負をする前から、既に勝敗が決まっている気がしてならない。そつなく仕事をこなす彼と何かを競うなんて、自分のダメさ加減を再確認させられて終わりそう。
「料理で勝負をしませんか? ただ料理を作るだけじゃなくて、愛情を表す料理を作ってみるんです。料理が得意なひとみなら、有利な話だと思いますけどね」
(これって、正仁さんが作る料理にも興味がある。どんなものを作ってくれるのかな――)
私の顔色を窺いながら交渉していく旦那さまの見事な手腕に、二つ返事したタイミングでなされた八朔の『にゃぁあん!』という鳴き声から、料理対決のバトルが開始されたのだった。
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