エトワル~夏の夜空に煌めく星は~

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「ヴィンセントもそう思ったから、じいさんと知り合ったのか?」 「ヤイチのときは逆だな」  苦笑まじりに言った。 「その頃、私は画商として友人が描いた絵を売っていた。全て売り払ったら、しばらく遁世しようと思っていたのだ。人の世を離れ、独りになりたくて」  そのうちの一枚を買いたいと申し出た客――それが弥一であった。 「それじゃあ、『星屑散りて』はヴィンセントの友人が描いた絵だったのか」 「ああ。クロードの最後の作品だ」  絵は気に入っていても、詳細までは知らなかった。せいぜい、十九世紀末に描かれたという程度である。 「でも、結局売らずに貸したっていうのは何か意味があるのか?」 「ああ」  ヴィンセントは『星屑散りて』の前で立ち止まり、絵を見上げた。  黒を一切使わず、鮮やかな色を重ねた夜空に散らばる星々。星の光は強く、弱く、静寂な闇に瞬く。  星空を描いた絵だった。 それが印象派と呼ばれる流派の系統を受け継ぐ作品だと言われても、美術史に疎い晃一は首を傾げるしかなかった。 「ヤイチの言葉で、この絵は私にとってかけがえのない一品となった。だから、売るのではなく貸した」     
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