70人が本棚に入れています
本棚に追加
いつの間にか背後に立っていたヴィンセントに、冬治は飛び上がらんばかりに驚いた。
「おいおい兄ちゃん、びっくりさせないでくれよ。残り短い寿命が縮んじまう……って、日本語通じねえか」
「その絵、見せてみろ」
冬治の言葉をひっくり返すように、ヴィンセントは流暢な日本語で言った。冬治は再び目を丸くした。
「えっと、祖父の知り合いでフランスから来た留学生です」
晃一はとっさに出まかせを言った。ヴィンセントが胡乱げに晃一を見たが、余計な口を挟むことはなかった。
ヴィンセントは人間のあらゆる言語を理解し、話すことができる。人に紛れて暮らすうちに身についた能力らしいが、冬治にありのままを話すより留学生と説明したほうが話が早い。
「へえ……それにしちゃあ随分達者な日本語だがよ。それよりも兄ちゃん、絵に興味があるのかい」
細かいことは気にしないタチなのだ。冬治はカウンターにキャンバスを置いた。
「兄ちゃんがどんだけ詳しいか知らねえが、こいつは世紀の大傑作だ」
もったいぶらずに早く見せろ、とヴィンセントは目で促した。布の中から現れたのは、二人の女を描いた絵であった。
ヨハネス・フェルメール作『手紙を書く女と召使い』である。
最初のコメントを投稿しよう!