エトワル~夏の夜空に煌めく星は~

23/114
前へ
/114ページ
次へ
 いつの間にか背後に立っていたヴィンセントに、冬治は飛び上がらんばかりに驚いた。 「おいおい兄ちゃん、びっくりさせないでくれよ。残り短い寿命が縮んじまう……って、日本語通じねえか」 「その絵、見せてみろ」  冬治の言葉をひっくり返すように、ヴィンセントは流暢な日本語で言った。冬治は再び目を丸くした。 「えっと、祖父の知り合いでフランスから来た留学生です」  晃一はとっさに出まかせを言った。ヴィンセントが胡乱げに晃一を見たが、余計な口を挟むことはなかった。  ヴィンセントは人間のあらゆる言語を理解し、話すことができる。人に紛れて暮らすうちに身についた能力らしいが、冬治にありのままを話すより留学生と説明したほうが話が早い。 「へえ……それにしちゃあ随分達者な日本語だがよ。それよりも兄ちゃん、絵に興味があるのかい」  細かいことは気にしないタチなのだ。冬治はカウンターにキャンバスを置いた。 「兄ちゃんがどんだけ詳しいか知らねえが、こいつは世紀の大傑作だ」  もったいぶらずに早く見せろ、とヴィンセントは目で促した。布の中から現れたのは、二人の女を描いた絵であった。  ヨハネス・フェルメール作『手紙を書く女と召使い』である。     
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

70人が本棚に入れています
本棚に追加