エトワル~夏の夜空に煌めく星は~

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 美術に疎い晃一でさえ、思わず見入ってしまったくらいである。素人の愛好家ならば、贋作と知らずに――知っていても――買ってしまうのではないかと思った。 「そんなものを祖父に見せて、どうするつもりだったんですか? 贋作だってわかっていたならわざわざ見せる必要ないでしょう」 「まあ、そう睨むなって。同業者内での騙し合いなんて日常茶飯事じゃねえか」  冬治は悪びれもせず、あっけらかんと笑った。  これまた晃一には理解しがたいのだが、取扱商品には贋作が存在する。それを他の同業者に売りつけるのだ。当然、真作として。  この世界では、騙したほうが悪いというルールは存在しない。騙したほうは腕利き、騙されたほうが未熟者という評価を受ける。それが暗黙のルールとなっているので、騙されたほうは被害者という意識が薄い。  そして、転んでもただでは起きない。贋作をつかまされたら、他の同業者に同様に売ればいいだけの話である。そうして腕を磨き、業界でのステータスを上げていくのである。  動く金が巨額であるだけに、文字通り、切ったはったの命がけの世界には違いない。  祖父も冬治もそんな騙し合いを嬉々としてやるものだから、晃一はさらに理解に苦しむのだった。     
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