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店の奥の壁に掲げられた一枚の絵を、一人の男が鑑賞している。晃一のいるカウンターからは後姿しか見えなかったが、その恰好に違和感を覚えた。
背は高く、優に百八十はありそうである。きらきらと輝く白金の髪は染めたものではないだろう。恐らく、外国人に違いない。
外国人の客は確かに珍しいが、これまで全くいなかったわけではない。晃一が凝視したのは、男の服装だった。
夏だというのに、黒のマントを羽織っている。
暑くないのだろうかという単純な疑問と男から漂う不思議な雰囲気に、晃一は目を離すことができなかった。
「――おい」
男が振り向き、カウンターに近づいてきた。
その類稀なる美貌に、今度は息が止まりそうになった。
一寸の狂いもなく造形された見事な顔立ちに、アメジストのごとき紫の瞳。肌は白磁のように白く、ギリシャ彫刻を髣髴とさせる美しく均整のとれた体型をしていた。
「ヤイチはいるか?」
「……え」
男の口から発せられたのは、紛れもなく日本語だった。
「ヤイチはいるかと聞いている」
男は苛立たしげに言った。あまりに流暢な日本語で、逆に変な感じがした。
「祖父は今、フランスに行っていて留守にしています」
まだ半分呆然としながら、晃一は答えた。
これが本当に同じ人間なのかと思うほど、あまりにも完成された美貌に寒気すらした。
「フン、行き違いか」
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