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キャンバスに絵の具を塗りつけただけと言ってしまえばそれまでだが、深く心に染みてきたのだ。幼い晃一は、最強のお守りを手にした気分だった。
「だからあれほど頑なに拒んだのか」
素直に頷く。
「じいさんとオレの宝だから。じいさんが気に入っている理由は知らないけど」
「ここで無理にでも持って行ったら、私が悪者になりそうだ」
本来私のものなのに、とヴィンセントはため息をついた。
「だから、じいさんが戻ってきてもあの絵を持って行ってほしくない。それに」
晃一はヴィンセントのほうを向いた。美しく端整な顔には、柔らかな微笑が浮かんでいた。思わず見惚れ、うろたえてしまう。
ヴィンセントとも別れたくない。
そう告げるにはあまりに気恥ずかしくて、口を噤むしかなかった。
「そこまで想われて、あの絵も幸せだな。クロードも、画家冥利に尽きるといったところだろう」
クロードと呼ぶ声があまりに甘く、晃一はついに聞かずにはいられなくなった。
「ヴィンセント」
「何だ?」
「クロードとは、どんな関係だったんだ?」
まるで嫉妬しているような口調だと、自分で呆れてしまう。けれど、知りたいのだ。
「そうだな」
ヴィンセントは視線を海に向けた。その先に、クロード・ダヴィッドがいるとでもいうように。
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