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男は当てが外れたとばかりにそっぽを向いた。そこで晃一は、さらに奇妙なことに気づいた。
季節外れのマントを羽織っているくせに、汗一つかいていないのだ。
自分など、半そでのTシャツにハーフパンツという出で立ちでも暑いというのに。
「まあ、いい。あれを返してもらうぞ」
そう言って、男は先ほどまで熱心に鑑賞していた絵を指さした。
「あれって、『星屑散りて』を?」
それは祖父のお気に入りの一枚だった。
濃紺の夜に瞬く星を描いた絵だ。
作者はクロード・ダヴィッド。無名の画家である。
美術的価値も市場価値もない絵であるが、祖父は異様に気に入っていた。晃一もまた、数あるコレクションの中で唯一あの絵には心を魅かれていた。
「ダメです。あの絵はじーさ……祖父の一番の宝なんだ。誰にも渡すわけにはいかない」
祖父の宝、と聞いて、男の表情が揺れた。
「ほう……宝というか。だが、あれは本来私のものだ。私がヤイチに貸したのだ」
「貸した?」
「そうだ。断じて売ったわけではない」
ということは、男は祖父の知り合いなのだろうか。
晃一が尋ねる前に、男が口を開いた。
「しばらく経ったら取りに行くとヤイチに告げてある。かれこれ五十年程前の話だが」
「五十年?」
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