エトワル~夏の夜空に煌めく星は~

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「人間の死に直面するたび、いつも不思議な気分に襲われる。クロードよりもはるか昔に知り合った少女のときもそうだった。私の血を飲めば、私と同等の存在となり、生き長らえることができる。人間としての生を捨てる代わりに、無限に近い時間を手に入れることができるのだ。それなのに、彼らは私の血を拒み、死を選ぶ。満足に笑って、死んでゆく。私にはそれが不可解であり、妬ましくもあった。我々にはない、人間の特権であるかのようにさえ感じた」  人間なら誰しも死を恐れる。けれど、本当に己の人生に満足したとき、死を受け入れることもある。これが己の人生だ、生きた証だと悟り、幸福なうちに永遠の眠りにつく。  ヴィンセントは死があるゆえに生が輝くのだと解釈していた。それを少なからず羨ましいと思うこともあった。 「そして、人間の死は私の内にあるものを残していく。哀しみという感情だ。だが、クロードはもう一つ私に残していった。それがあの絵だ」  クロードは他の絵と一緒に、『星屑散りて』をヴィンセントに託した。「こいつはオレの最高傑作だ」と言い残して。 「クロードの死後、パリを離れた。ドイツ、イタリア、スペイン、ロシアに中国……エジプトやインドにも行った。再びパリを訪れたのは、二度の大戦を経た後だ」  そこで、弥一と出会った。その頃にはすでに、ヴィンセントの手元には二枚の絵しか残っていなかった。クロードの絵が少しでも多くの人の目に触れるようにと、売り歩いていたのである。  フランスを旅行していた弥一は、街角の画廊であの絵を見つけ、すぐさま片言のフランス語で買いたいと申し出た。  そのときを思い出してか、ヴィンセントは懐かしそうに目を細めた。     
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