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ヴィンセントのことは知らないうちに町内に知れ渡っていた。滅多に外出しないとはいえ、人の少ない田舎町のこと、金髪の美青年の存在など目立って仕方ない。晃一は尋ねられるたびに、「祖父の知り合いで、フランスからの留学生です」と答えていた。冬治に言った出まかせを、そのまま使い回すことにした。
「うちの娘なんかキャーキャー大はしゃぎだよ。モデルか俳優みたいだって」
ヴィンセントを一目見ようと、店の周囲に女性の人だかりができることが度々あった。しかし、店内には入りづらいのか、店にやってくる者はいなかった。
「ところで、弥一さんはいつ帰ってくるんだい?」
「さあ……二、三ヶ月は戻らないんじゃないかと」
「全く困った人だねえ。高校生の孫、ほったらかして海外行っちゃうんだから」
おばさんは呆れながらレバ刺しを差し出した。晃一は礼を言い、代金を渡した。
「毎度、ありがとね。あ、そうそう、ちょっと待ってな」
そう言って奥へ引っ込み、大きなスイカとチラシを持って現れた。
「これ、うちの畑で採れたんだよ。甘くて美味しいのよぉ。金髪のお兄ちゃんと食べな。それから、もうすぐ夏祭りあるからね。一緒に行くといいよ」
晃一はありがたく頂いた。どうせヴィンセントは食べないだろうが、それでもいい。おばさんの心遣いが嬉しかった。
その後は八百屋と花屋に寄り、帰路についた。道すがら、肉屋のおばさんからもらったチラシに目を通す。今度の日曜日の夜に、毎年恒例の夏祭りが神社で行なわれる旨が書かれていた。
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