70人が本棚に入れています
本棚に追加
冗談にも程がある。どう見ても、今目の前にいる男は二十歳そこそこの青年だ。驚異の若返り術か不老の薬を飲まない限り、男が五十年前に生きていたとは考えられない。
目を丸くする晃一に、
「何を驚く。たかが五十年ほど、午睡の足しにもならん」
小ばかにしたように笑う。
「ヤイチが戻ったら、また来ると伝えろ」
不遜に言い残し、男は踵を返した。
「あ、名前……」
晃一は慌てて腕を掴んだ。名前を聞いておかなければととっさにとった行動だった。
男は一瞬、体を硬直させた。
「あの……?」
「はな……せ……」
男の低く、震えた声に、すぐさま手を離す。すると、男の体がその場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?」
カウンターから飛び出して近寄ると、男の体は小刻みに震えていた。心なし、息遣いも荒い。何かの発作を起こしたのだろうか。
「今、医者呼ぶから」
カウンターにある電話をとろうとして、腕を引っ張られた。思いのほか強い力で、晃一は尻餅をついた。思わず顔を顰める。だが、男の顔を見た瞬間、痛みはどこかへ吹っ飛んでしまった。
男の顔は病的なほど青白く、紫の瞳は爛々と赤く輝いていた。苦しげな息が漏れる口からは、異様に尖った犬歯が覗いている。
その様相が飢えた獣を思わせ、晃一は本能的に後退りした。けれど、掴まれたままの腕はぴくりとも動かない。
「うぅ……うぅ……」
最初のコメントを投稿しよう!