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ヴィンセントが好きなのだと、何度でも伝えたい。
けれど、それを口にすることは二度とない気がした。
チリン……と軒先の風鈴が鳴り、二人の間を夏の風が通り過ぎていった。
翌日。晃一は隣町にある冬治の店を訪れた。昨晩、電話で事の顛末を話すと、「とりあえず、それ持って来な」と言われた。
ヴィンセントも茶碗が気になった様子だったが、炎天下に外出するのは弱まっている体に負担をかけてしまうので店に残ってもらった。
冬治の店は、古くから続く骨董店である。陶磁器を中心に茶道具や掛軸も置いてある。古今東西の品々を並べた雑多な光月堂とは一味異なり、冬治の店は日本の器を中心とした骨董の世界が広がっていた。
「おぉ、暑かっただろ。まあ、こっち来て座れ」
晃一は冬治に手招きされ、カウンター内にある丸椅子に座った。
箱にかけた紐をほどき、割れた茶碗を見せると、「よりによってコイツか」と呻いた。
「コイツは俺が弥一に売った品よ。珍しくいいモンあるって言ってな」
「そうだったんですか……」
「なぁに、俺の知り合いの修復師に頼めばあっという間に直してくれる。晃ちゃんが気に病む必要ねえよ」
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