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ボストンにあるガードナー美術館には、イザベラ・スチュアート・ガードナーが苦心して収集したコレクションが展示されている。フェルメールの『合奏』もそのうちの一つであり、十九世紀末、イザベラ夫人がパリのオークションで落札したという経緯がある。アメリカでフェルメールが知られる少し前の頃の話だ。
それから約百年後、警官姿の二人組によって他の作品とともに盗まれてしまう。犯人からの買戻しといった要求もなく、十数年経った今でも見つかっていない。
「珍しいね、晃ちゃんが興味持つなんて」
「何となく、気になって」
美術の話になると、とたんに異世界に放り出された気分になる。以前なら気にもならなかったが、ヴィンセントと話がかみ合わないのは残念だし、蚊帳の外に置かれるのは面白くない。ネットや祖父の書斎でこっそり調べた晃一である。
「あの兄ちゃんの影響かい」
にやりと笑いながら尋ねられ、
「……まあ、そんなところです」
頬を赤らめて答えた。気恥ずかしくて顔を背けたが、冬治は何も言わなかった。代わりに、力強く肩を叩かれた。見透かされているようで、余計に居たたまれなくなる。
「ところで、鑑定するのはいつだい」
「今度の金曜日です。東郷が迎えを寄こすらしくて、場所は聞いていません」
「用心するに越したことねえな。あと、一つだけな」
冬治は躊躇うように口を開いた。
「こんなこと頼むのも筋違いかもしれねえが、目利きの兄ちゃんに頼んでくれねえか」
「何をですか?」
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