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オランダの画家、ヨハネス・フェルメールの生涯は謎に包まれている。作品数も三十数点と少ない。デルフトの画家組合の理事に二度も選出されており、生前から評価を受けていたと思われる。しかし、十九世紀にフランスの美術評論家に再発見されるまで、歴史に埋もれた無名の画家の一人に過ぎなかった。
フェルメールの絵は超現実的な静謐感が漂う。覗き効果を用いた綿密な空間構成と巧みな光と質感の表現によるものである。精緻な写実表現は北方絵画の伝統で……云々。
祖父の書棚にあった美術書から得た知識が頭の中でフル回転する。
付け焼刃の知識がどこまで通用するか、晃一は緊張した面持ちで二枚の絵の前に立った。絵には布がかけられていた。
「では、始めようか」
黒田の声に応じて、東郷は布をとった。
同じサイズのキャンバスに、同じ画面構成、同じ色使いの絵が現れる。美術書で見た絵と全く同じだった。
画面奥に三人の男女が集まっている。こちらに背を向けた中央の男はリュートを弾き、左の女はチェンバロを、右の女は右手で調子をとりながら歌っている。壁には絵がかけられ、その内の一つはフェルメール自身が所蔵していた絵で……誰の、何といったか。
絵を前にした晃一は、呆然となった。
俄かに詰め込んだ知識など吹っ飛んでしまっていた。
いくら御託を並べようと、実物には敵わない。
目の前にある絵に圧倒され、晃一は鑑定どころではなかった。
「コーイチ」
ヴィンセントの声でようやく我に返る。
「お前の感じるままに、見ろ」
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