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端整なポーカーフェイスに悲哀と懐かしさが滲んだ瞬間を、晃一は見逃すわけにはいかなかった。何度か見たことのある表情に、胸が締め付けられる。ヴィンセントがそういう表情を浮かべるときはたいていクロードが絡んでいるからだ。
フェルメールの絵は、クロードとヴィンセントを繋ぐものなのだろうか。
二人が過ごした時間の中に、フェルメールの絵がその静謐さを湛えたまま存在していたのだろうか。
フェルメールの絵とヴィンセントの間には立ち入れない気がして、晃一は疎外感を覚えた。
失くす以外の寂しさもあるのだと知った。
晃一は目を逸らすように面を伏せた。
「間違いない」
ヴィンセントは絵から目を離さず告げた。
「左だ。左の絵が、ガードナー美術館から盗まれ、今なお見つかっていないフェルメールの『合奏』だ」
「ハッ……そうか」
東郷が上擦った声を上げた。一方、黒田は難しい表情を崩さなかった。
「フェルメールの絵だとは言わんのだね」
全員の視線が一斉に黒田に集まった。
「何言ってんだ、黒田さん。『合奏』は美術評論家テオフィール・トレのコレクションの一つで、一八九二年にパリの競売でガードナー夫人によって落札され、ガードナー美術館に所蔵されたんだ。その絵に間違いないと言っているんだから真作に違いない」
「儂にはガードナーにあった絵もまた贋作だと聞こえたがね」
東郷のもっともらしい意見より、黒田の発言のほうが真実味を帯びて聞こえた。
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