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黒田の鋭い眼光がヴィンセントに注がれる。ヴィンセントは動じることなく、小さくため息をついた。
「ならば、より正確に言おう。左の絵は『ガードナー美術館から盗まれた』という点ではホンモノ、『フェルメール自身が描いた』という点ではニセモノだ」
「何、だって……?」
「……ほう」
「どういう意味だ、ヴィンセント」
三者三様の反応に、ヴィンセントは重い口を開いた。
「かつて、『合奏』の所有者だったトレは人づてにある画家に絵の修復を依頼した。画家は依頼どおりに仕上げた。そのとき、同時に模写を行なった。己の絵の勉強のためだ。絵を返却するとき、画家は悪戯心に自分の模写をトレに渡した。己の力量を試したいという願望もあった。トレがホンモノではないと気づけばそれまで。しかし、トレは最後までホンモノと信じこみ、ガードナー夫人の手に渡った」
予想もしなかった話に、東郷と晃一はぽかんと呆気にとられた。
「もしそれが本当なら、ハン・ファン・メーヘレン並みの……いや、それ以上の贋作事件だ」
感慨深く黒田が言う。
「だが、そんな話、一度たりとも聞いたことがねえ」
「当然だ。今まで誰一人として疑わなかったのだから」
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