楽屋前通路

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「本当は沙絢さんから渡してあげたいんだけど」  彼がゆっくりと腕を上げ、チョコに手を添える。  だが、受け取ることは出来ない、手がすり抜けてしまう。 〈あ‥‥あ‥‥〉 ゆっくり、ゆっくりとだが、彼の顔に驚きが広がる。 「驚いたよね、つらいよね、悲しいよね。こんな事をしてごめんなさい、あたしに出来るのは、あなたに現実を伝える事だけなの」 〈あ‥‥あ‥‥〉  驚きの表情から泣きそうな顔に変わってゆく。それと共に、霊の存在が薄れていく。 「ごめんなさい」  もう一度、刹那は謝った。 〈キミ‥‥は‥‥〉 「御堂刹那、新人の声優です。今、九回目のバレンタインプロジェクトに出演しています」 〈九回……〉 「はい、もう九年たったんです。初めてこのイベントが開かれてから。  あたし、今、沙絢さんと共演しているんです。次のアフレコの時、あなたのことを伝えます。九年間、チョコを待っていたファンがいたって。きっと喜んでくれますよ」  言葉が終わる前に霊は完全に消えていた。消える直前、彼が微笑んだように視えたのは錯覚だろうか。  刹那は自分の手の中に残された、チョコの箱に視線を落とした。  後半も頑張ろう、来年は、少しでもバレンタインが好きになれるように。 自分の前に並んでくれる人は前半より少ないかもしれないけど、あたしの声優人生は、まだ始まったばかりだ。                               -終-
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