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 陽は、衣千子の歌う姿に惚れた。  見惚れたより先に、惚れた。雷に打たれ、キューピッドの矢に刺されたのだ。  衣千子がマスターに頼まれて、初めて歌いに行った時に陽が居たのは、運命だと陽は思っている。  制服を着ていたのは陽は、少し目立っていた。年齢層が高い店内で制服姿の陽は、異質な存在に見えたのを衣千子も覚えている。  それに何よりライブハウスを兼ねていると聞いていたのに、陽は何かのテキストを片手に、耳にはイヤホンを嵌めていたのが店内に入って直ぐに見えたのだ。  人様の演奏を聞かずに、イヤホンをするなんて無作法だ。目立つに決まっている。  のちに陽は、カフェに通い詰めるが、衣千子になかなか会うことが出来ず、ヤキモキしていたと衣千子本人に言って照れていた。  その表情は、さながら柴犬だ。
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