7121人が本棚に入れています
本棚に追加
トントンと軽く扉がノックされ、先ほど案内してくれた係の男性が顔を出した。何か説明をしているものの、美羽にはうまく聞き取れない。
「これから葬儀を始めるって。ミューも来て」
それを聞き、美羽は躊躇いがちに類を見上げた。
「あ、の……親族、って……これ、だけ?」
そこには、いろんな意味が含まれていた。類に妻や子供、あるいは交際相手がいるのか、父には再婚相手がいたのか、そして……母には、連絡を取ったのか。
類はふっと目を細めて、口角を僅かに引き上げた。
「あぁ、ここにいる3人だけだよ」
「そう……」
類に特別な女性がいないことを知り、密かに安堵しつつも、母のことが影を落としていた。
日本を発つ前、美羽は母に父の葬儀について話すべきか悩んだ挙句、これが真実ではない可能性も考えて話さずにいた。それは、継父や義兄への気遣いや、離婚した父を忘れたいという母への気遣いもあったけれど、何よりも自分が父の葬儀を通して類に会うかもしれないということを母に知られたくなかったからだった。
類も……同じ気持ちで、いるの?
それとも、お母さんには知らせたけど来なかっただけなの?
見上げた美羽に、類が哀しみを帯びた瞳で柔らかく微笑む。どこまでも吸い込まれそうな美しい潤んだ黒曜石のような瞳に、呑み込まれそうになる。
「ミュー、本当に来てくれて良かった。もし来てくれなかったら、僕はたった一人になるところだった……」
美羽の手を握る、類のおおよそ脂肪を感じられない華奢な冷たい手。その温度は飛行機の機内で握られた義昭と同じぐらいのはずなのに、美羽の掌はドクドクと脈打ち、全身にまで打ち響いて熱くなった。
最初のコメントを投稿しよう!