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車が緩やかに停止した。けれど、それは予想よりも随分早い到着で、美羽は嫌な予感がしつつ窓の外を覗き込んだ。
そこはホテルの駐車場ではなく、ある邸宅の前だった。美羽の顔から血の気が引いていく。
「ここ、って……?」
「うん、父さんと住んでた家だよ。ホテルに行く途中の道にちょうどあったから、寄っとこうと思って。父さんが、ミューに渡したかったものがあるんだ。来て」
眼鏡を外してダッシュボードに戻すと、類が後ろを振り返った。
「お父さんから、私に……?」
父からと聞き、美羽の心が大きく揺れたが、家の中へと入ることは躊躇われた。今は、気持ちを落ち着かせるためにも一刻も早くホテルに帰りたいと急いていた。
「やっぱり、今日は……」
「ヨシも来たことないよね、僕の家。案内するよ。すぐに終わるから」
美羽の小さな声が類の声に掻き消される。類は美羽の返事を待たず、既に扉に手を掛けて車から降りてしまった。義昭がそれに続いてシートベルトを外す。
「じゃあ、少しだけお邪魔させてもらおうか」
「う、ん……」
ここでホテルに戻りたいと意地を張れば、かえって怪しまれてしまうかもしれない。それに、目的は父の遺品を受け取ることなのだ。
美羽は仕方なく扉を開け、重い足取りで車を降りた。バクバクと心臓が鳴り響き、再び目眩に襲われた。
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