第二章:人生を狂わすほどの快感を

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「おい、部屋に連れてけ」  運転席の男が戻ってきて若い男に命じ、部屋の鍵のようなものを渡されたようだ。学生鞄を脇にかかえ、若い男は寅山の手錠の部分を隠すようにして、その体を車からおろす。  古びたアパートの一階の角部屋に連れていかれる。当然、来たことがない場所だ。男が木製の扉を、さきほど預かったと思われる鍵を使って開ける。中は暗く、真っ先にスンと男くさい臭いが漂い、例えるなら運動部の部室のような臭いがした。  若い男に中に入るよう背中を押され、革靴を脱ぎ、目が慣れてくると、何も置いていない殺風景な台所を横切り、奥には和室が二部屋あった。襖の開いている方へ進めば、蛍光灯の中に小さい灯りがついていて、そこにはテレビと折りたたみの四角テーブルに、布団が乱雑にたたまれていた。どうやら誰かが住んでいる部屋らしい。 「トイレは大丈夫? おなかすいてる?」  寅山は首を横に振ると、若い男は寅山を畳の上に座らせた。 「俺は柴田敦也。豊橋の工場長は俺の父親なんだ」 「豊橋の工場って……閉鎖の決まった……?」 「そう。親父を助けるために、いろんな人が動いてくれて、これが最終手段だ」 「なぜ父は、あなたのお父さんを?」  おそるおそる尋ねてみると、柴田は悔しそうな表情を浮かべた。 「親父は嵌められんだ。ありもしないことをでっちあげられて……俺は羊羹のために一生懸命に働いていた父親を助けたい」  柴田の悲痛な声音には真実味があった。嘘をついているようには思えない。それに彼の『巻き込んでごめん』という言葉には罪の意識が感じられた。彼はこれが許されないことだと意識している。仕方なく、自分を誘拐したという自覚がある。 「僕は大丈夫です」 「喜之助くん……」 「柴田さんが嘘をついているように思えない。僕は貴方の言葉を信じます」 「ごめん。関係ない君を巻き込んで……」 「柴田さんのお父さんはうちの羊羹のために働いてくれたのでしょう? そんな人を理由なく解雇することは許されないことです。謝らなければいけないのは、社長である父親の、息子である僕でしょう」 「おい、何話してやがる!」  先程の運転席の男と、もう一人威勢のいい男が部屋に入り込んできた。
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