第三章:寅山を知る、もう一人の男

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「で、蛇原さん、は?」 「デザイナーの蛇原は、客先からの戻りが遅れておりまして……。先ほど、連絡がありましたので間もなく来るかと」  遅れているのなら、好都合かもしれない。寅山は、声をひそめて篠原に聞いた。 「篠原くんから見て、彼はどういうデザイナーなのか、聞かせてくれない?」  龍崎の意見だけでなく、他者からの評判も参考にしたい。そんな気持ちからだったが、篠原はなんの抵抗もなく、そうですねぇと言葉を捻るように話し始めた。 「わかりやすく言うと蛇原さんは、一狼さんとは正反対なデザイナーです」 「正反対?」 「ええ。蛇原さんは商業デザイナーとしてずっとやってきた人で、ロゴやシンボルといった幾何学系のデザインを得意としています」 「ほう」 「二人は、性格が几帳面なところは似ているのですが、作品はまったく違います。社内では、流線や曲線美といった美を追及する一狼さんと、直線や多角形など計算された美を重んじる蛇原さんという認識で、担当する仕事を分けていました」 「なるほど」  篠原の説明は、専門分野に詳しくない寅山でも理解できた。もともと龍崎は、黒川にデザインを担当させることが念願だったので、その理由については疑いもしなかったが、もとから黒川のデザイン傾向は寅山羊羹に向いていたのかもしれない。それも龍崎の計算の範疇なのかは、わからないが。 「なので蛇原さんが、この仕事を担当したいと言ったのは意外でした」 「確かに」 本人が希望したという情報は、当然篠原の耳にも届いているようだ。所詮、羊羹屋の販促品なんて、篠原の言う、彼の好みのデザインができるとは思えない。 「俺からしたら、社長が了承するのも、意外でしたけどね」 「彼には、何か、社内において政治的な思惑があるのだろうか?」  もし、社内の評価を集めたい、などといった思惑なら仕事のクオリティにも直結するので、問題ないと感じるのだが。 「どちらかといえば、蛇原さんは寅山社長に興味があるみたいでした」 「僕?」 「はい。雑誌のインタビュー記事を熱心に読んでおられました。お会いするのも楽しみにされてましたよ」
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