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車が発進したのと、ほぼ同時に龍崎はパワーウィンドウを開け、右手はスーツの内ポケットに伸びている。おそらく煙草だろう。めったに人前では吸わないらしいが、自分といるときは気を許しているのか、毎回車に乗り込むと一本だけ吸う。その姿は、自分も運転手も見慣れているので、特に気にも止めない。
いつものごとく、ラッキーストライクのボックスから取り出した一本を唇に咥え、キンと音をたててZIPPOの蓋が開き、揺らめく炎が煙草の先端に赤を灯す。同時に、すん、とオイルの匂いが寅山の鼻まで届く。昔から、何度も見ている光景だというのに、この瞬間の龍崎慎也は世界で一番かっこいい。それを本人に伝えたら、「当然だ」などと調子に乗るので、この先、絶対に言わないと決めている。
「それにしてもイチくん、幸せそうだったね」
龍崎が、最初の煙を吐いたのを見届けてから、話しかけた。
「ったく、手間かけさせやがって」
吐き出された煙はウィンドウの外へ流れ、その煙を目で追っている龍崎の表情は、隣の寅山からは見えないが、きっと、呆れ半分、嬉しさ半分の顔をしているのだろうと思う。
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