第二章:人生を狂わすほどの快感を

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 車に乗り込んだ後、「父が倒れたときはどんな様子でしたか?」「どこの病院に向かっているんですか?」という寅山の問いに対して、男二人は一切答えなかった。車内に会話はなく、聞こえているはずの寅山の質問は無視されている。  不審に思った寅山は、質問をするのをやめ、冷静に思考を巡らせた。  彼らは、自分とは初対面であることは間違いない。 最初に、『寅山喜之助』であることを確認してきたのは、彼らの目的はあくまで自分であって、誰でもいいわけではない。本当に彼らが言うように、父親が危険な状態で父の元に向かっているのであれば詳しい説明があって然りなのにそれがない。彼らの目的は『寅山喜之助を車に載せること』すなわち、父親のことはその口実だった可能性が極めて高いということだ。  寅山の脳裏には『誘拐』という二文字が浮かぶ。このまま自宅に送り届けるつもりでないことは、さきほど高速道路に乗った時点で確定した。流れる景色は、都心から離れて郊外に向かっていた。  明らかにおかしいとわかっても、ここで暴れるのは得策ではないと、寅山は黙っていた。怪しんでいることに気づかれないよう、走行中の後部座席のドアを確認するが内側からロックされている。隙を見て飛び出すのは難しい。助手席に座る若い二十代の男と運転席には少し年配の男、華奢な自分では二人には力で敵いそうにない。  このままどこに向かっているのか見当がつかないが、もし誘拐だとすれば彼らの行動には隙が多い。暴行の類であれば、頭から麻袋を被せたり、居所を覚えられないように目隠しをするのが定石だが、彼らはそれをしない。先程、高速道路を降りたインターチェンジも寅山は確認している。もし、自分が人を一人誘拐するなら、車に乗り込んだ時点で暴れないように手足を拘束するが、それもしない。  彼らの目的はなんなのだろう。金なのか、それとも――
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