プロローグ:もうひとつの夜

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 今日は自分と龍崎の高校の同級生である黒川一狼(くろかわいちろう)の、慰労会という名の、冷やかし会だった。   黒川は、昔、別れた男を追いかけてイギリスに行き、曖昧だった関係にけじめをつけて、想い人のいる日本に帰ってきた。龍崎は、わざわざイギリスに行く必要があるのか、と黒川の行動が気に入らなかったようだが、自分にとってはそれこそが黒川らしいと思う。ドライなように見えて、実は情が深く、最後まで責任を持つ、こだわりがある。  龍崎のように、異常に決断の早い人間のほうが世の中には少ない。有名大学を卒業して大手広告代理店に就職し、一年後には退職して一人で会社を立ち上げるなんて常人の為せる技ではない。  龍崎の会社である『龍崎コーポレート』といえば、大企業に物怖じすることなく、コンペ形式のプレゼンでは常勝確定と評価を受けるほど、向かうところ敵無しと言われる少数精鋭の広告代理店でもある。もちろん、会社が世間に認められるようになるまでには紆余曲折あっただろう。普通は、判断が難しい事柄も、誰に相談するわけでなく、一人で即決してきたであろう、この男には迷いや躊躇という言葉は無縁のようにも感じる。  そんな二人のちょうど真ん中が自分の定位置であったと思う。それは高校の頃から今でも変わっていない。     
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