プロローグ:もうひとつの夜

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 寅山が家業の寅山羊羹屋を継いで三代目の社長になってからは、龍崎の会社に広報を一任している。  高校の卒業式のあと、龍崎が『俺が会社を立ち上げ、黒川をデザイナーに採用して、寅山羊羹の企業広告を作る。そして、今より儲けさせてやる』と声高に宣言した。そのときは、寅山も黒川も、真に受けていなかったのだが、あれから20年近くたって、龍崎はそれを本当に実現した。  そして寅山羊羹も、ここ最近、業績を伸ばしている。  龍崎は言い出したことを必ず実現する。そういう男なのだ。 「そうだ。獅子ヶ谷の後任の営業担当だが、今日来てた篠原にする」 「え? イチくんの?」 「ああ。近々、デザイナーの蛇原と挨拶に行かせる」 「うん、わかったよ。篠原くんとは仲良くやれそうな気がする」  さらに、なんの因果か、今度の寅山羊羮の担当営業が、さきほど挨拶を交わしたばかりの男、篠原雪兎(しのはらゆきと)で、黒川の今の恋人だというのだから、世の中何があるのか、わからない。 「おい、篠原に、一狼のこと根掘り葉掘り聞くなよ。あいつは口が軽い。営業として全くなってない。鍛え直さないと」 「ははは。慎也こそ、優しくしてあげてよ」  ふん、と鼻で笑い、龍崎は内ポケットにあった携帯灰皿に煙草をねじこんだ。     
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