プロローグ:もうひとつの夜

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 一軒家の多い閑静な高級住宅街は夜も深い時間のせいか、対向車もなく、街灯だけが灯る道を車は走った。  その中で、周囲よりもひときわ高くそびえたマンションの地下に車は進んでいく。地下の駐車場へ向かう道中、ヘッドライトに照らされた内壁は温かそうな赤レンガを模しており、重厚な雰囲気と揺るぐことのない円満な家庭を彷彿とさせる。ここ紹介してくれた不動産屋が、ここは四人家族で住むのを想定して作られていると穏やかに説明していたのを寅山は思い出していた。だが、寅山が別宅を作った目的は決して明るい理由ではなかった。  車は、地下のエレベータの前で停車した。運転手の柴田は無言のまま外へ出て、後部座席の扉を開ける。龍崎につづいて、自分も降りる。 「二時間後にきて」 「かしこまりました」  寅山がそう告げると、柴田は表情ひとつ変えずに頷いてそのまま運転席に向かう。その姿を追うことなく、寅山はエレベータの方へ歩きだす。龍崎もその後ろを歩いた。   二つあるエレベータの高階層と表示された方に乗り込む。流れるように、25と書かれた数字のボタンを押す。その間、二人はエレベータの階数表示を無言で見上げていた。いつもそうだ。普段は饒舌な龍崎がここに来ると、途端に寡黙になる。  それはそうだろうと思う。龍崎は、寅山のために仕方なく、ここに来ているのだから。   
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