第二章:人生を狂わすほどの快感を

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第二章:人生を狂わすほどの快感を

「寅山喜之助くんだよね」  歩道を歩く寅山に寄せてきた車の助手席から、若い男が声をかけてきた。  それは、寅山が高校一年のときだった。その日はたまたま委員会で遅くなり、迎えの車もなく一人で帰宅している途中だった。 「そうですが」  声をかけてきた助手席の男にも、運転席に座る男も、寅山の知らない人間だった。 「実は、お父様が倒れて」 「父が……?」 「君を迎えに来るように言われたんだ。車に乗って」  助手席の男はとても焦っているように思えた。焦っているというより、動揺しているといった方が正しいだろうか。  そもそも自分を迎えに来た人間が、馴染みの運転手じゃないのは、それだけ緊急事態なのかもしれない。父の会社である寅山羊羹という組織はとてつもなく大きい。当然、寅山自身が知らない従業員なんて山ほどいる。  寅山は車のスライド扉を開け、後部座席に乗り込んだ。白いハイエースの車内は薄汚れていて、後部にはなぜか荒縄が積んであった。荒縄なんて、父の会社と、それはあまり縁のないものに感じた。  このときの寅山は、このあと自分がその荒縄に縛られ 一週間近く監禁されるなんて、思いもしなかった。
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