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第三章:寅山を知る、もう一人の男
「寅山社長、ようこそいらっしゃいました」
「浜村くん」
受付で出迎えてくれたのは、龍崎コーポレートで総務主任を務める浜村大輝だった。浜村は社長の龍崎が一目を置いている社員で、入社当時から育てて大切にしている部下でもある。破天荒な龍崎に唯一ブレーキをかけられる人間でもあり、常識人なところも好感が持てた。
「今日はすみません、本来ならこちらからご挨拶に伺うべきところを」
「構わないよ。それに、新年の挨拶がてらにお土産も持ってきたし」
持参してきた手提げを見せると、彼の顔は途端に明るくなった。
「もしかして、一月限定の羊羹ですか? 本店に行ったんですけど正月と重なったせいか買えなかったんですよ」
「やっぱり? きっと浜村くんも買えなかったんじゃないかと思ったんだ」
浜村は甘いものに目がなく、寅山の羊羹もかなり気に入ってくれていて、いつも新作や限定品はチェックしてくれている。こうして甘味談義に花を咲かせることもしばしばあるくらいだ。
あれから龍崎も年末から年始にかけていろいろと多忙だったらしく、電話とメールのやりとり以外に顔を合わせることがなかった。そんな中、年を明けてすぐ、龍崎から寅山羊羹の担当を変えたいという連絡を受け、急遽新しい担当との挨拶の場を設けることとなった。
営業担当が変わる話は以前にも聞いていたが、時期は4月と聞いていたので、ずいぶん早まった感がある。寅山羊羹の営業担当は獅子ヶ谷徹という男で新人にもかかわらず、売上がトップクラスの営業で、彼自身も実に気持ちのいい好青年で寅山も彼のことは気に入っていた。
だが、今回、この担当変更が急に決まった背景は、獅子ヶ谷が一月いっぱい自宅謹慎処分になったからだと聞いて、衝撃を受けた。
「で、獅子ヶ谷くんは謹慎って何したの……?」
「ははは。すみません、寅山社長にまでご迷惑をおかけしてしまって」
「なんか、あったの? 彼、落ち込んでたりしない?」
「大丈夫です。本人はケロッとしてます。どちらかといえば、自業自得で、むしろ俺が社長にけじめをつけさせるために謹慎にしたほうがいいと打診したくらいで」
浜村は、キッと厳しい表情になった。
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