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ピィッ!と高く鋭い笛の音が響くごとに、しなやかな筋肉を纏った生き物が水しぶきと共に飛び上がる。
「すごい……!今の見ましたか、笠松さん!尻尾だけであんなに高いところまでいけるんですね!」
「筋肉の塊なんだな」
どよめきと拍手が場の空気を高揚させていく。
周りの人達と一緒に力一杯手を叩きながら、笠松さんと俺は水族館の中でも特に大きな催し物だというイルカショーを眺めていた。
海獣の展示室を抜けるとすぐ屋外に繋がっていて、イルカやアシカといった生き物と人間が華やかな芸を見せる会場になっていた。
海の生き物を主体にしているだけあって舞台も巨大な水槽を組み込んだ独特な形をしている。
その舞台を見下ろすように客席がすり鉢状に配置されていて、時間的にちょうど開演が近かったからか、俺達が来た頃にはもう満席の状態だった。
後ろの開いている通路で立ち見となったけど、全体が見えるし、お客さんの反応も見えてなかなか楽しい。
一番前に座っている人達は盛大に水しぶきを浴びてしまって悲鳴を上げながらも笑っている。濡れることを知りつつ前に陣取る人もいるらしい。
この暑さならすぐ乾きそうだ。
そして、何といってもイルカ達の動きの数々に目が釘付けになる。
指示を出す人間との間では言葉ではなく細やかな仕草と、あの高い笛の音、そしてご褒美の魚に切り身で確かな意思の疎通を行っていた。
種が違ってもお互いへの信頼が感じられる。
「かっこいい……」
いい舞台の上の演者が醸し出す雰囲気は、場所が変われど似てくるのかもしれない。
俺はひとりで舞うことが多いから、こうした他者との掛け合いも要素に入ってくる複数人での舞台に少し憧れがある。
──ね、スズ、見える?
──うん。すごい。すごいよ
──ぴ、ぴぃ
小声で尋ねてみるとシャツのポケットで、スズはつぶらな瞳をさらに丸くしてイルカの躍動を見上げていた。頭の後ろでルリも興奮気味にちょっと羽ばたいている。
笠松さんは、と隣を見やると静かに目を輝かせていた。少し身体も前のめりになっている。
広い水槽を縦横に駆け巡るイルカを追う瞳は、明るい外の光を含んで綺麗な色をしていた。
狼のよう、と言われる鋭さは影を潜め、ただ優しく柔らかな光だけが浮かんでいる。
筋肉がどう、骨格がどう、とぶつぶつ呟いているから、イルカの身体能力に興味心身なのかもしれない。
不思議だ。
俺は舞台としてイルカショーを楽しんでいるけど、笠松さんは生き物としてのイルカに集中して楽しそうにしている。
それぞれの楽しみ方は大分違う。でも同じ物を違う見方をして楽しんでいる。
見えている物が違っていても、笠松さんが楽しそうにしているとなんだかほっとする。
いや、ほっとするというよりも、なんだろう。
嬉しい、に近い、胸の中にまで体温が染み込んでくるような、この感じは。
聞いてみようか。
ふとそう思ったけど、なんとなく自分で考えてみようと思って、イルカ達の舞台へと目線を戻す。
最後の演目として、今までで一番高く跳ねたイルカに対して笠松さんと一緒に歓声を上げ、手が痛くなるまで拍手を送った。
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