その猫は高山のてっぺんに住む

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登校中に白い息を吐きながら、僕は思うことがある。 バレンタインデーなんて滅べばいいのに。 嫌いな理由はリア充のイベントだからでもチョコがもらえなくて悔しいからではない。 それは彼女を、僕の何気無い一言で深く深く傷つけてしまったからだ。 あれは去年のことだ。 彼女は僕に袋に入ったブラウニーを渡してきた。 もちろんそれが義理だったことなど重々承知している。 だが高校一年の新鮮さも相待って、僕は非常に嬉しかった。 ただ期待というものは、すればするほど、裏切られたときにひどく絶望するものだ。 こんなことを言えるのは、僕自身が救い用のないクズ人間だということを自覚しているからだ。 だからあえて正直に言おう、あのブラウニーはとても食べれる代物ではなかった。 生焼けでチョコや砂糖の甘さが一切味わえず、食いかけの部分を見ると小麦粉のダマがはっきりと見えた。 だから僕は昼休みに男友達とそれを分けて食べた瞬間、思わず「まずい」と言ってしまった。 もちろんそんなものをわざと人前で言うほど僕とて愚かではない。 だが思わず口を出てしまったのだ。 そして言葉というのは、一度聞かれたら取り消せないものだ。 少女は少し離れたところで友達と座って僕らの方を見ていた。 そしてその言葉を聞いた彼女は、ポロポロ泣き出してしまったのだ。 もちろん泣く理由だってわかるし、僕が全面的に悪いのもわかっている。 だがその時はなんとかしてその場をしのごうと必死だった。 「大丈夫だ、来年は俺がもっともっとうまいブラウニーを焼いてきてやるって」 もしこの時もう少しまともなことを言っていれば、まだ良い関係を保てたかもしれない。 当然この言葉は彼女だけでなくその周囲の人間まで飛び火し、ついぞ僕についたあだ名は「クズ」だった。 あれから一年、僕は彼女と一言も会話を交わしていない。 いや、むしろあの日から、クラスの女子と喋った記憶がない。
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