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だから僕は嫌いなのだ、あの日からバレンタインデーが。
きっと彼女は今だに怒っているだろう。
そして彼女が覚えているかは怪しいが、僕は宣言通りブラウニーを焼いて来た。
もちろん今まで何度か謝罪を試みたが、先ほども述べたように、彼女は口を聞いてくれない。
だから今日、これを渡してしっかりと謝罪しよう。
だが言葉を交わさず、誠心誠意気持ちのこもった、一年越しの謝罪をするにはどうすればいいか。
下駄箱は不衛生だし、手渡しは断られるだろうし、呼び出しなんてしたところでくるなどとは思えない。
ああでもないこうでもないと思案している時だった。
いつも左に曲がる十字路の正面から、見覚えのある人影が浮かび上がってきた。
神のいたずらか、それとも必然か。
その少女は音楽を聴きながらこちらに歩いてきた。
僕にはまだ気づいてないようだ。
そう思い再び彼女の方を見ると、しっかりと目が合ってしまった。
どうやら「気づいていない」と考えていたのは僕の思い込みだったらしい。
先ほどまでほのぼのとしていた少女の表情が、一気に固くなるのがわかる。
気のせいだろうか、後ろで結んだポニーテールが暴れ馬の尻尾のように見える。
なんと声をかけていいかわからず、僕はその場に立ちすくむ。
彼女もまた、イヤホンを外しながらその場に止まる。
1分、2分と、荒野のような静けさが周囲に流れる。
このまま永遠にこの冷たい状況が続くのかと思っていた矢先、沈黙を破ったのは彼女の方であった。
「...なに?」
その冷たく尖った台詞に、心が折れそうになる。
だが男子たるもの、負けるとわかっていてもやらねばならない時がある。
「...ハッピーバレンタイン」
そういってカバンからブラウニーの入った袋を渡し、一歩、また一歩と彼女の方に歩み寄った。
足の震えなどもう感じている余裕もない。
あの和やかだった彼女の表情が、一瞬にして般若のお面のようになったのだ、怖くないはずがない。
だが誰かが言っていた、好きの反対は嫌いじゃない、無関心だと。
もし、今この状況に少しでも興味を抱いてくれていたら、それでいい。
だがもしなかったら、その時は...
「...は?」
そう言って彼女は僕のブラウニーを掴み取り、床に投げつけた。
そしてそれを何度も何度も踏みつけながら、まるで今までの全てを吐き出すかのような大声で怒り出した。
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