その猫は高山のてっぺんに住む

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「黒に染まれ!黒に染まれ!黒に染まれ!」 あまりにも衝撃的すぎて、僕はただそれをぼーっと見つめることしかできなかった。 さらに少女は叫び続ける。 「私が!この一年!どんな気持ちで!どんな気持ちで過ごしてきたか!あんたにわかる?!わかるわけないよね!一所懸命作ったものを!『まずい』って言って!挙げ句の果てには『俺がもっとうまいやつ作ってやるよ』ですって!?このクズ!クズ!クズ!」 そんな風に罵倒されるたびに、なぜか笑いを堪えきれない自分がいることに気づき、内心驚いた。 1年もそんな鬱憤を貯めて生きるくらいなら、関心なんて持たなければいいのに。 もちろん悪なのだ、この僕が。 自分の信じている信条にすら僕の今の精神状態は大きく反している。 だが抑えきれないのだ、このどうしようもない「悪」を。 例えるなら、それはKの気持ちを知っててなお娘さんを嫁にした先生だろうか。 「ふふっ...」 「ねぇ、何がおかしい」「あっはははははははっは、あはははっ、あっはっはっはっは!!!」 この時ばかりは、何も考えられなかった。 ただ笑うことを心が強要していたのだ。 そしてそれはもう人の手で止められるものではないのだ。 「あははっ...ははっ...はぁはぁ...」 どのくらい笑ったのだろうか、今まで感じたことのないような疲れと罪悪感が津波がごとく押し寄せてくる。 「ごめん...」 あんな気持ちを踏みにじるようなことをし、怒っている間に笑うという無礼を働いたのに、僕の口をついて出たのは、幼稚園児よりも幼稚な言葉だった。 顔を上げると、少女の目には涙が溜まっていた。 ああ、情けない。 僕はバレンタインデーが嫌いなんじゃない。 自分の制御が効かない、自分の知らない自分が嫌いなのだ。 あの時「まずい」と言ったのだって僕であって僕じゃない。 論理じゃ説明できないからこそ、嫌いで嫌いでしょうがないのだ。 「...バカじゃないの?」 だが意外にも、彼女が次にとった行動は僕を非常に驚かせた。 ぐちゃぐちゃになったブラウニーの残骸を拾い上げ、袋から取り出したのだ。 「...私もごめん...カッとなってあんなこと言っちゃって...それに」 それに、そういうと彼女はまだ個体として残っているピースを口の中に頬張った。 「私はあんたじゃないから」 そう言って笑った彼女の顔には、皮肉にも眩しい笑顔が広がっていた。
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