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「エクアドル産の風味豊かなカカオをつかったショコラはいかがですか?華やかな香りと品の良い甘みで贈り物にぴったり。サイレントのショコラはいかがですか?」
売り子の声に仕事帰りの私の足が止まった。
おひとついかがですか、と明るく問われ楊枝にささった生チョコを受けとる。
細かなパウダーに包まれたチョコを口に入れると、文句通りの華やかな柑橘味が舌の上を滑らかに溶けた。
カカオの風味とみずみずしい甘みがふわりと残る後味もまたよくて、思わず呟く。
「美味しい…」
その声に気づきにっこりと微笑みかけてきた売り子の顔もなんだかそのチョコレートに似ている気がした。
白い肌に自然な頬の血色、赤いリップがよく似合っている。
売り子の女の子には柔らかな愛らしさがあった。
きっと彼氏もいるんだろうな。
そうでなければ仲のいい友達とこのバイト代で旅行へ行くのかもしれない。
たとえばイタリアだとか、近場なら韓国だとか、インスタ映えしそうな思い出をきちんと作って意味のある時間を過ごす。
そして色んなことで悩みながらも人としての通過儀礼をちゃくちゃくとこなし、魅力的な大人になるんだろう。
彼女はきっと私より豊かな人生を送る。
一瞬で想像し喉の奥のあたりがすこし酸っぱくなった。
ああ、またこの感覚だ。
私はぎこちなく微笑みかえし楊枝を据え置きの紙コップに捨てる。
隣の芝生は青く、人が羨望や嫉妬の念を捨てるのは難しい。
私もまた勝手に羨んではひどく落ち込む。
サイレントのショコラはとても美味しかった。
でも喉の奥であの味がするあたり、この生チョコは私には眩しくて甘すぎる。
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