第1章 序節 招待状  唯

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靴を履き替える時間さえも惜しいのだろう。階段を、1段飛ばしで駆け上がっていく。 昔から運動神経だけはズバ抜けている彼。私も必死に追いすがった。 しかし、3階に到達した途端、無防備な背中を見せつける。 「捕まえ……っ」 彼の身体越しに、まるで異世界のような閑散とした廊下が伸びていた。 肩を掴んだ私も思わず絶句するぐらいの。 ――…………。 「マジで、俺達だけなんだな」 「うん」 すると、急に神妙な顔つきになる彼。 「ぇ、ななに?」 「……お前さ、どうして聖光を選んだの?」 「は?!」 唐突な問いに、ドキッとしてたじろぐ。 「そ、それは……」 言えるわけがない。答えよりも先に、心の準備が必要だから。 私が困った顔をしていると、彼はドギマギしはじめる。 「いやほらその、あれだ! 唯は俺と違って頭良かったろ? なのにどうして私立一本だったのかな~って」 「‥‥せ、制服が可愛かったから?」 「‥‥は?」 「だ・か・ら! ここの制服が一番可愛かったから!」 とっさに浮かんだ逃げ道に、唖然とした表情をする彼。 「くだらね!」 「女の子ってそういうもんだよ」 「ふぅ~ん」 黒光りしたカバンを肩に掛けるように持ち、我先にスタスタと階段を下りていく。 彼の後ろをついて歩く私は、またも本当の思いを告げるチャンスを逃したと自身を責める。 『あなたがいるからだよ』 その言葉を放てたら、高校入学と同時に幼なじみを卒業できるかもしれない。 だけど、恐い。でも、やっぱり言いたい。 「ん? どうした?」 踊り場で、5段目から動かない私を見上げる彼。 「…………」 「‥‥唯?」 しばし流れる沈黙の間、心の整理ができた。 「ううん。何でもないよ!」 10年もの歳月をかけて育んだこの関係を壊してしまいたくない、と――。   
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