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靴を履き替える時間さえも惜しいのだろう。階段を、1段飛ばしで駆け上がっていく。
昔から運動神経だけはズバ抜けている彼。私も必死に追いすがった。
しかし、3階に到達した途端、無防備な背中を見せつける。
「捕まえ……っ」
彼の身体越しに、まるで異世界のような閑散とした廊下が伸びていた。
肩を掴んだ私も思わず絶句するぐらいの。
――…………。
「マジで、俺達だけなんだな」
「うん」
すると、急に神妙な顔つきになる彼。
「ぇ、ななに?」
「……お前さ、どうして聖光を選んだの?」
「は?!」
唐突な問いに、ドキッとしてたじろぐ。
「そ、それは……」
言えるわけがない。答えよりも先に、心の準備が必要だから。
私が困った顔をしていると、彼はドギマギしはじめる。
「いやほらその、あれだ! 唯は俺と違って頭良かったろ? なのにどうして私立一本だったのかな~って」
「‥‥せ、制服が可愛かったから?」
「‥‥は?」
「だ・か・ら! ここの制服が一番可愛かったから!」
とっさに浮かんだ逃げ道に、唖然とした表情をする彼。
「くだらね!」
「女の子ってそういうもんだよ」
「ふぅ~ん」
黒光りしたカバンを肩に掛けるように持ち、我先にスタスタと階段を下りていく。
彼の後ろをついて歩く私は、またも本当の思いを告げるチャンスを逃したと自身を責める。
『あなたがいるからだよ』
その言葉を放てたら、高校入学と同時に幼なじみを卒業できるかもしれない。
だけど、恐い。でも、やっぱり言いたい。
「ん? どうした?」
踊り場で、5段目から動かない私を見上げる彼。
「…………」
「‥‥唯?」
しばし流れる沈黙の間、心の整理ができた。
「ううん。何でもないよ!」
10年もの歳月をかけて育んだこの関係を壊してしまいたくない、と――。
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