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「し、ごと……おわった……よ?」
「え? あぁ……名前?」
コクリと頷くと、茨は「鈴悟」と大切に、溜息でも零す様な甘い声でそう呼ぶ。
「ねぇ、あの時何で、チョコレートじゃなくて林檎の薔薇のケーキだったの?」
「あ、え、えと……り、林檎が好きって、と、友達に言ってたのを聞いてて……」
「あっは。うん、そう……俺はずっと鈴悟が好きだったよ」
鈴悟はあんぐりと口を開けたまま、パタパタと眸を瞬かせる。
それを見て可愛い、と笑った茨の方が可愛かった。
あの孤高の狼みたいな冷たい眸がゆったりと弧を描く様に眦を下げて、初めて見る柔らかく甘えた様な視線に脳味噌が沸騰する。
鈴悟は僅かに腰を引いて抵抗したけれど、キスがしたいと囁かれてもう、逃げ場は無かった。
気付けば息を継ぐのも忘れて、お互い夢中になってキスを貪る。
自分の方が少し身長が高くて、鈴悟は初めてのキスだと言うのに瞼を伏せるのも忘れて、恍惚と茨の伏せられた睫毛に見惚れた。
決して女性の様な柔かさはないのに、茨には美しいと言う形容詞が似合う。
「鈴悟、舌出して」
鈴悟が素直に差し出した肉片を、茨は扇情的に見上げて物欲しそうに口に含んだ。
彼の口内でチョコレートの欠片の様に弄ばれる舌の感触に、下腹から甘く濃厚な蜜の気配が這い上がって来るのを感じて、腕の中にいる茨をギュッと抱きしめる。
二十年越しのバレンタインは、きっとまた林檎の薔薇が咲く――――。
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