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「あ、いや……いい、です。け、敬語とかも……その、た、楽しく、働いて貰えればそれで……」
「でも、雇い主ですから」
「や、や、止めて下さい……お、お、お……おれはっ、あのっ、えっと……」
「店長、落ち着いて」
香苗がそっと右手を握って、子供をあやす様に背中を擦ってくれる。
格好が悪くて泣きそうだ。どうしてこんなに上手く喋れないんだろう。
人前で緊張したり言葉に詰まって焦ると、大抵呼吸が短くなって手が震えて、生理的な涙が滲み出てしまう。
普段は調理場に籠って黙々と仕事しているだけなので、何の支障もないし従業員は香苗だけなので、慣れている。
だけど、これからは茨がいる。
「樫山君、店長がこんな風に呼吸が浅くなったら、ぎゅってしてあげてね」
「え? 俺がですか?」
「だって、私が産休に入ったらここには店長と樫山君しかいないんだから。少し落ち着けば平気だから。ほら、店長……もう大丈夫ですか?」
「あ、はい……香苗さん、ありがとう……」
ごめんね、と力なく零して鈴悟は自宅へ戻った。
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