りんごとばら。

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りんごとばら。

 一番最初に覚えたのは林檎で薔薇を作る事。  好きな人の好きな物が林檎だと知っていたから、母親に林檎の薔薇の作り方を教えて貰った。  透明のラッピングフィルムに、チョコレート色のリボンと薔薇色のリボンを重ねてキャンディみたいに包んで、好きな人の喜ぶ顔が見たかっただけなのに――――。  二十年前のバレンタイン。藤野鈴悟(ふじのりんご)、七歳。  好きな男の子に渡したその林檎の薔薇のカップケーキは見事に振り払われて、鈴悟の心と一緒にベシャリと潰れた。  浮かれてんじゃねぇよ。気持ちわりぃ――――。  まだ自分の嗜好が他人のそれとは違うなどと知りもしない無垢な少年の、凄惨な失恋だった。  以来バレンタインなどただの繁忙期、恋人達の浮かれ行事、童貞とコミュ症を拗らせたアラサーゲイには縁も所縁もない。 「ち、小さいのから巻いてみて下さい」 「こう……?」 「そ、そう、上手」  両親が始めた洋菓子店【林檎の家】は、その名の通り林檎をメインとした洋菓子を並べている。  半分に切った林檎を二ミリ幅にスライスしレンジで加熱して、柔かくなったものを小さいものから巻いて重ねると、薔薇の様な細工が出来る。  小さな弟子が出来たのはつい先日だった。 「これ……教えてくださいっ!」  キラキラした眸で道場破りの様に店に現れた樫山晴世(かしやまはるよ)と言う男の子は、かつて母にそう強請った鈴悟の様に、店に並ぶケーキを指して林檎の薔薇の作り方を教えて欲しいと言ったのだ。
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