黒猫とスーツとスーツ

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指を折りながら数えてくれたが、社内の会議には「神童さん」が出席していた。 1ヶ月程度とは言え、人事部時代にこの人の存在を聞いたことはない。 どうやら第一秘書には対抗心があるようなので、これ以上訊くのはやめておこう。 「では、今日はどうして?」 そりゃあ... とフォークを手に取る。ちゃっかりショートケーキまで注文していたようだ。 これも経費で落とせてしまうのだろうか。 「季節ですから」 「はあ?」 また、「季節」だ。 「その、『季節』っての、どういう意味ですか?」 「うん、おいしい」 誤魔化し方が下手すぎる。 追求する気も失せて、足を組み直す。黒猫の行く先は。 いた。向かいの家の、塀の上。 丸くなって、日差しのまぶしさに目を閉じている。 表札をすっかり隠してしまう図々しさは、まるでその家の飼い猫のようだ。 あ、あれは 「酸性か」 「はい?」 カチャリ。フォークを置く音だ。もう食べたのか...? ポケットのまんじゅうの存在を思い出したのは、反射といえる。 差し出してみると、遠慮する様子もなく手に取った。どうやら甘党のようだ。 「紫陽花(あじさい)の季節だなと思っただけです」 「ああ」 少し顔をしかめて、指についたあんこを舐める。こしあん派か。 「土によって色が変わるというアレですか」 「はい。酸性なら青色、アルカリ性ならピンク色。というアレです」 「では、あれは酸性」 「一般的に言うと」 「流石リケジョですね」 彼が人事を任されているのはほんとうのようだ。 異動してきたワケがワケなので、私が元いた部署を知る人間は多い。だが、卒業した学部は大っぴらに公言してはいない。それは自分のプライドによるものだ。 もちろんデータベースで検索すれば一発でヒットだろうが、仮にも社長秘書。そこまで暇ではないはず。 「その呼び方、嫌です」 申し訳ありません とでも言いたいのか、口元が動く。 手で押さえられているので、もごもごとしか聞き取ることができない。 しかし飲み込んでしまうのは早くて、なんだか申し訳ない気分になる。 「でも結局、老化で赤やピンクになるそうですね」 茶化して置きながら、知識はあるようだ。 「ええ」 「だから花言葉が『移り気』や『浮気』なんですね」 どうやらロマンチストな質でもあるらしい。 「詳しいんですね」
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