2人が本棚に入れています
本棚に追加
指を折りながら数えてくれたが、社内の会議には「神童さん」が出席していた。
1ヶ月程度とは言え、人事部時代にこの人の存在を聞いたことはない。
どうやら第一秘書には対抗心があるようなので、これ以上訊くのはやめておこう。
「では、今日はどうして?」
そりゃあ... とフォークを手に取る。ちゃっかりショートケーキまで注文していたようだ。
これも経費で落とせてしまうのだろうか。
「季節ですから」
「はあ?」
また、「季節」だ。
「その、『季節』っての、どういう意味ですか?」
「うん、おいしい」
誤魔化し方が下手すぎる。
追求する気も失せて、足を組み直す。黒猫の行く先は。
いた。向かいの家の、塀の上。
丸くなって、日差しのまぶしさに目を閉じている。
表札をすっかり隠してしまう図々しさは、まるでその家の飼い猫のようだ。
あ、あれは
「酸性か」
「はい?」
カチャリ。フォークを置く音だ。もう食べたのか...?
ポケットのまんじゅうの存在を思い出したのは、反射といえる。
差し出してみると、遠慮する様子もなく手に取った。どうやら甘党のようだ。
「紫陽花の季節だなと思っただけです」
「ああ」
少し顔をしかめて、指についたあんこを舐める。こしあん派か。
「土によって色が変わるというアレですか」
「はい。酸性なら青色、アルカリ性ならピンク色。というアレです」
「では、あれは酸性」
「一般的に言うと」
「流石リケジョですね」
彼が人事を任されているのはほんとうのようだ。
異動してきたワケがワケなので、私が元いた部署を知る人間は多い。だが、卒業した学部は大っぴらに公言してはいない。それは自分のプライドによるものだ。
もちろんデータベースで検索すれば一発でヒットだろうが、仮にも社長秘書。そこまで暇ではないはず。
「その呼び方、嫌です」
申し訳ありません とでも言いたいのか、口元が動く。
手で押さえられているので、もごもごとしか聞き取ることができない。
しかし飲み込んでしまうのは早くて、なんだか申し訳ない気分になる。
「でも結局、老化で赤やピンクになるそうですね」
茶化して置きながら、知識はあるようだ。
「ええ」
「だから花言葉が『移り気』や『浮気』なんですね」
どうやらロマンチストな質でもあるらしい。
「詳しいんですね」
最初のコメントを投稿しよう!