黒猫とスーツとスーツ

13/18
前へ
/27ページ
次へ
にぎやかな園児達の声。色とりどりの帽子が駆け回っている。 「...これはアウトなのでは?」 向かいの家の塀に隠れ(るフリをし)て、大の大人2人が、保育園を覗く。 今時フェンスの柵のみだなんて防犯上不用心だと思うが、閑静な住宅街において「そんなことが起こるなんて考えたくもない」心理は、理解できる。 「いえ、違法ではありません」 違法ではないが不適切ーーー。 一時期ニュースを賑わせたフレーズが頭をよぎった。 もっとも、私達が見たいのは、子ども達ではない。 「それにしても、どこに行っても風格のある猫ですね」 今度は保育園の花壇、のレンガの上だ。 優雅に舞う蝶に見向きもせずに、丸くなって目を閉じている。 女の子が一人、熱心に話しかけているのを、黙って聞いているようでもある。 その佇まいは、まるでヌシや長老のようだ。 「まあ、ここにいる保育士よりは古株ですから」 「どういうことです?」 長年のお散歩コースなのか、園長のお墨付きを得ているのか、飼い主が知られているのか。 首輪がついていて清潔感があるとはいえ、それだけでこの場に居座らせてもらえることはできないはず。 「社長がここのOBなんですよ」 ん? 「それ、全然理由になってないですよ?」 「そうですかね」 ペットを連れてくる園児も、普通はいないはずだ。 いや...でもあの家族はわからない。会社に勤めている人間が言うんだ、間違いない。 「そういえば皆さんは社長とは古いお付き合いなんですか?」 20代そこらで「古いつきあい」とは、どこを指すのか。言った後で内心、首をかしげる。 「いえ、多分みんな高校からですよ。学年は違いますけど」 「では、部活動で一緒だった、とか?」 あの雰囲気は、きっとそうだ。 「ええ」 「ちなみに何を?」 「見ての通りです」 華麗にかわされたところで、聞き覚えのあるメロディーが聞こえてきた。 「もうそんな時間ですか」 社内にいると気にはならないが、結構な大音量である。 園庭には、すでに園児の姿は見えなかった。 でも黒猫は、動くことなく目を閉じている。守り神か、と思って、やめた。 ♪ でーんでんむーしむーし かーたーつむーりー ♪ 決して昼食前に歌う歌ではないだろうが、元気な歌声に耳を傾けているようにも見えた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加