黒猫とスーツとスーツ

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猫を追いかけて出て行ったままなんです、とは言えない。 「じゃあこれ、彼女に渡しておいて」 差し出されるまま受け取ったのは、1枚の紙切れ。 「はあ...」 よろしくねとだけ言って、扉は閉じられた。 「なにこれ」 宮地さんも首を捻るばかりで、社長の意図は読めなかった。 整った鉛筆字は、PC業務の日常からはぐれてしまった気分にさせる。 「アイツ、社長と何があったんだよ...」 おなかの音が鳴るのを、恥ずかしいとは思わなかった。 「どうぞ」 「...どうも」 受け取ったのは、あんパンと牛乳。 どこの刑事ドラマだ なんてツッコむ余裕はない。 「もしかして、いつもこんな感じなんですか?」 「『こんな感じ』、というと?」 袋を開けて、一口。 「こしあん」なあたり、徹底している。 「先回りしたり、追いかけたり。ある程度のルートは頭に入ってるみたいですね」 「ええ、まあ...このコースは」 このコースは? 「まずい」 「何が?」 パンも牛乳も、食べかけ・飲みかけのまま置いて走って行ってしまった。 放り捨てた牛乳パックは、たぷんと音がした。 というか 「ちょっと!」 このまま置いて行かれては、たまったものではない。 保育園の目の前で、お行儀はよくないだろうが、とりあえずパンと牛乳を地べたに置く。 そのままの勢いで道に飛び出してみたものの、すでに背中は小さくなっていた。 「待ってください!」 園庭を一瞥すると、時雨の姿もなかった。 絹川さんが曲がり角を曲がろうとしているのを見て、慌てて駆け出す。 そのくせ走りながら、「このまま置いて行かれれば、確実に迷子だな...」と考えられる自分の余裕に驚くことしかできなかった。 いくつか目の角を曲がってようやく、前を走る人が曲がる前にスピードを落としていてくれたことに気づいた。 初対面の割にはくだけた態度も見えたが、そこは社長秘書。やはり気配りはかかさないようだ。 「わっ!」 声が先か、視界が暗転したのが先か。 判断はできなかったが、そのすぐ後に痛みは感じられた。 「サイアク...」 スカートから出た足、右膝が赤く染まっている。ここまで大ければ、ストッキングどうこうの問題ではない。 まずは立ち上がろうと、目の前の電柱に手をかけて、ゆっくりと腰を上げる。 「......」 右足が安定しない。 ...まさか骨でも折ったのか!?転んだだけで?
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