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焦って足下を見下ろせば、折れていたのは足ではなく
「あー...」
ヒールの方だった。
今日の出来事を考えても、その理由は十分にある。
無理をして走ったせいなのか、つまずき方が悪かったのか。
視線を上げると、追っていた姿はすでに見えなくなっている。
心の方を折るにも、いいタイミング過ぎる。
だがよく考えてみれば、手元に通信手段はない。おまけにこの住宅街の地の利もない。
そうなれば私に残された選択肢は、ひとつである。
まずは両足のヒールを道ばたで脱いで、学生時代のようにスカートを上げる。
準備はできた。ひとつ息を吐いて、そのまま走り出す。
脱ぎ捨てごめん、入社祝い。
走っていると、かかとのあたりからストッキングが破れていくのがわかる。
ほぼ素足で走る分、道路の真ん中を陣取って進む。
こうしていると、舗装された道路も案外砂利っぽい。
早歩きに近いスピードで進んでいるので、車の通りがほとんどないこの時間帯でよかったと思う。
さらにラッキーだったのは、勘で左の角を曲がったところで、見覚えのある人物の姿をとらえられたことだ。
今日の私は冴えているらしい。
「開けてください、早く!」
ドン、ドンと門を叩く絹川さんの隣に立つ。
立派な門構えだ。雰囲気としては格式高い日本家屋に近い。洋風のイマドキの家が建ち並ぶなかで、異様なほどに威圧感がある。
2mは優に超える壁からは、松の木が見えている。
いかにも「お金持ちの家」だが、それもそのはずだ。
掲げられた表札は、「西山」。
西山電機ー我が社ーの社長宅(もしくは実家)にあたるということか。
ここまで騒いでも何の反応もないので、留守なのではないか。
確認するために、木彫りの表札の数十cm下に備え付けられたインターホンを押してみる。
インターホンはさすがに最新式の自社製品だった。
門を叩く音も止んで、静寂が訪れる。
「いやあああああ」
女性の悲鳴だ。それに続くようにして、ドタドタと複数の足音が響く。廊下を走っている使用人だろうか。
「申し訳ありません。また日を改めて」
ようやく反応があったインターホンでは、若い女性の声を冷静に聞かせてきた。
「秘書室の絹川です。すぐに開けてください」
「.....」
無言に苛立った絹川さんが、力ずくで門をこじ開けようとしたとき。
「うわっ」
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